【蕪村菴俳諧帖39】江戸は凧ブーム

◆空飛ぶ軟体動物

「凧」という文字があります。
これは漢字ではなくて国字、日本で作られた文字です。
おもに関西では「いか」「いかのぼり」と読み、 関東などでは「たこ」、標準語でも「たこ」のようです。

形が烏賊(いか)や蛸(たこ)に似ているからですが、 中国から伝わった「紙鳶(しえん)」という表記も使われます。
紙で作った鳶(とび)というわけです。

英語の“kite”も鳶という意味があり、 ドイツ語は竜、ヒンディー語は蝶、スペイン語は彗星を
意味する言葉で凧を表しています。
なぜ日本語では海中の軟体動物になったのでしょうね。

○凧 きのふの空のありどころ  蕪村

凧(いかのぼり)が揚がっている、
昨日と同じ、あの空のあたりに。

江戸時代は凧ブームでした。
大阪に始まった凧遊びが各地に広まり、
豪華さ、大きさ、新奇さを競い合ってついには社会問題に発展、
幕府が禁令を出すほどの過熱ぶりだったと伝えられます。

専門の凧職人を置いた凧屋が現れたのも江戸時代。
わたしたちが凧と聞いてまず想像する、
武者絵や「龍」の字の書かれた、洗練された凧が普及したのです。

◆凧で厄払い?

多くの人にとって、凧は正月の子どもの遊びでしょう。
嵐雪の句はそういうイメージにぴったり。

○元日や 漸々うごく紙鳶 嵐雪

元日の朝。みんなのんびりしているので 漸々(ようよう=ようやく)紙鳶(いかのぼり)が揚がり始めたよ。

正月遊びは松の内くらいまで。
子どもたちはめいっぱい遊ぼうとします。
しかし蕪村の句には期日限定のものがあります。

○薮入りのまたいで過ぬ 凧の糸 蕪村

薮入りで実家に帰ってきた少年が 興味のなさそうなようすで凧(いか)の糸をまたいでいった。
もう子どもじゃないというのでしょう。

薮入りの正月16日に凧を揚げる風習は江戸が発祥、 2月の初午に揚げるのは大阪だそうです。
いわれは残念ながらわかりません。
わからなくなったからこそ、 いつ揚げてもよくなったのかもしれませんが。

子どもの遊びではない凧揚げもあります。
4月には長崎、5月には浜松で大規模な凧揚げ行事があり、 6月の新潟白根、10月の沖縄もよく知られています。

天高く昇る凧は民俗信仰と結びついていた時代があったようです。
有力な説の一つは厄払い。
糸が切れて飛び去っていく凧に厄災を運び去らせたというのです。
だとしたら、期日の決まっているのが本来の姿なのでしょうね。

○暮れかゝる空をかこつや いかのぼり 召波



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